2017年9月17日日曜日

喜び

 今、英語の生徒が帰ったところである。素晴らしい気分だ。
今までやってきた時間が報われるとは、このようなことを言うのだろう。

 彼女は中学の途中からうちにやってきた。ほぼ全く何もわからぬ状態で。英語を話すことに中心を置くという公立きっての斬新な教育を行う学校の中で、多くの生徒が成果を上げる中、彼女は全くもって落ちこぼれてしまっていた。話すこと中心なので、恐らく一般の公立よりさらに文法の説明もないと思える。というのもいくら英語が出来なくても知っているだろうと思われる用語を何ひとつ知らなかったからだ。

 そして今日、関係代名詞の授業で、下記の英作文を口頭でスラスラと頭から言うことが出来た。素晴らしい!!彼女を見ながら全く夢のような気分であった。

①私はあなたをよく知っている人に会いました。
②私が昨日読んだ本はたいへんおもしろかったです。
③私たちは、家からほんの数百メートルのところにある公園で、その犬を見つけました。
④あれは新しいデザインで有名な建物です。
⑤彼女はそのフランス語の歌が上手に歌えたただ一人の少女でした。
⑥彼がアフリカから母親に送った最期の手紙がここにあります。

彼女もこんなに難しそうに一見みえる問題が、自分の口から英語で出てくることに驚いていた。終わって二人で喜んだ。これはおばちゃんツイッターに書くよ!!?と言ったら笑って喜んでくれた。

 自分が全くわからずかつ落ちこぼれていたことをわかっているのは彼女自身である。基礎の基礎もわからぬ彼女にひたすら文法の骨格を教えこみ、中学あたまから順を追ってしらみつぶしに学習してきた。お母さんからは『この子はよくわかる子』と聞いていたのだが、最初の2年はとにかくゆっくりだった。理解するのもゆっくり。解くのもゆっくり。何もかもがゆっくりだった。

 それが2年を過ぎてから『ん?この子、実はめっちゃ理解力ある?』と気づいてきたのだ。恐らく英語に対する理解が一定量溜まってきたのだと思う。そこからの加速がすごい。

 ここ近日、現在完了、分詞の形容詞的用法と濃密に精度高く仕上がっていた。

 教える時に彼女は私に要求した。『先生の解説を出来る限りして下さい。細部にわたる全部。私は解説が多ければ多いほど嬉しい。全体が見えた方がわかりやすい』解説はどっちみちするのだが、生徒側からの要求は意外だった。なので解説する。遠回りなのをわかっていても、しらみつぶしに色んなことをやっていく(中身は説明するの大変。割愛)そしてしばらく、決して短くない時間、彼女はじーーーーーーっと教材を眺め一人で学習する。そして教材ができるようになったら、一般の問題集を解いていく。一気にノーミスで。

 彼女の解いている時の言葉そのものから、これは単に言っているだけではなく本当に英語がわかって言っているのがわかる。夢のようだよ?2年前まで英語なんて皆無中の皆無だった子がだよ!?

 今日はこの子の節目の日である。感無量。

2017年9月16日土曜日

Becauseの後で間を空けない。orderedのフラップT

今までにifの後whenの後で間を空けないようにという話をしてきましたが、Because it was raining, I oredered some pizza.などを言うときのBecauseのあともifの文と同様間を空けがちです。その方が言いやすい、Becauseの文を言っている気持ちになれるなど理由があると思いますが言いたいことのメインとなる表現はその先にある場合がほとんどでBecauseのあとに間を空けずに言えるようになると気持ちと英語が一致しやすくなります。
またorderedを言うときのdはアメリカ英語においてはフラップTを使うことが少なくありません。これに関しても解説しています。そして、ordered someのつながり、dとsのところではツのような音が形成されます。このつながりに関しては発音教材のVol. 39で詳しく解説しています。


2017年9月15日金曜日

優秀なビジネスマンであっても

 今、朝、出勤前のビジネスマンの方の授業を行っている。朝7:30からなのでかなりキツイが、出勤前にやるというのも良いアイデアと思う。普通週1回2時間のところを、月~金の早朝に1時間・週末に1時間と小分けにしてレッスンする。

 この方は、3月ぐらいに突然アメリカ(LA)から連絡があり、現在まだLAで仕事をしているが、もうすぐ帰国するので、帰国したら”すぐ”にみてほしい、つまり授業を行ってほしいというお願いをしてきた。そして帰国後連絡をもらうのだが、帰国直後からという急ぎぶりが印象的であった。

 理由をきくと、LAで仕事で日本から送られ2年間ずっと向こうにいて、最初は全く喋れず大変であったとのこと。しかしながら仕事のプレッシャーと責任、また現地で日本語話す機会もゼロ・2年間帰国は1回、などの状況もあり、喋れるようになった、、、、が、、、、じゃあ良いではないか?という話なのだが、実際には発音で多くのご苦労をされたとのこと。

 自分は相手が言っていることは全てわかっているのに、『こんな奴を担当につけて良いのか』『本当に意味がわかっているのか』など、失礼な発言を目の前で受けることたびたび。自分に言うというより、他に向かって、『こいつは大丈夫か』と言われてしまう状況であったとのこと。自分が英語がわかっているのに、わかっていないように相手には受け取られてしまう。そのような状況もあり、自分なりに現地で発音の本を書い勉強はしてみたが、どうもしっくり来ない。それで習いに来たいというのだ。

 2年前のTOEICのスコアが840あたり、帰国後940。しかしいくらTOEICのスコアが上がっても、発音となると全くわからないのが現状である。急遽レッスンを始めることになり、現在その方の早朝授業を行っている。
 
状態は改善はしつつあるが、本当に易しい中1レベルのことですら自分が言えない音が多く有る、つまり『かなり難しい!!』ということがわかり、目からウロコというか、かなり真剣に真摯に日々取り組んでおられる。音には中1も何も差は無いのだが、そこからのまずは気付きで、あまりにも簡単な単語の発音すらわかっていなかった、出来なかったこと自身に、ご自身で気づいておられる状況だ。

 ちなみに本日行ったのが、children /These children are from Tokyo. / Are Emi and Nancy sisters? / Those girls and I are very busy on Sundays. / She's our English teacher. / softly / friendly など。これらの音の中にどれだけの気付きがあることか、、、ほとんどの日本人の方は気づいていない。特に最期のsofty, friendly は難関中の難関である。自分は英語が出来ている、とたかをくくらず、音に関しては全く別物と、真摯に学習して欲しい。

2017年9月13日水曜日

英会話

 英会話を教えるという漠然とした何かより文法と発音に範囲を限定することで確実な成果を得ることの方が私には大事だった。それは英語は文法と発音で出来ているため、それらがわからなければ本人の英語の質そのものも落ちるので、まずはその2つを芯から理解する、というのが最大の優先事項であった。

 英会話ってそもそも何?
たとえいくらお金を積んでどんだけ事前に必死に勉強していたとしても、いざとなって『あ、、、、』と話せなければ、『やっぱり話せないじゃん』となってしまう。それが教えてる私の責任になるのはたまらなく嫌だった。成果の出ないものにお金をもらう重責に耐えられなかった。
だから英会話だけはタダでやった。そのかわり、やったからってすぐに話せるようにはならないよと。


実際に25年近く、月1回ずっと今もタダでやり続けている英会話のクラスがある。
私として何か努力をしているかと問われると、何もしていないに等しい。英語で何か最近思ったことなど何でも話してもらい、出来なかった表現や文法や発音などをメモり、さっと説明し理解してもらうぐらい。
お金ももらわないことで責任からは解放されており、いたってのんびりとした授業である。
たまに『藤井さん、普段教えてるようにやってよ~』とお願いされるが、いざやってみると、『もういいわーーしんどいわーー』とギブアップされる。つまり私が普段やっている授業は意図せずとも相当こんこんとした厳しいものらしい。

 教師は生徒に出来るようにさせることが仕事であり、そういう意味では私は厳しいかもしれないが、私から言うとそれは優しさと責務なのだ。
多くの場合先生は言いっぱなしだったり、肩書きに物言わせてたりする。私は子供の頃から先生は好きではなかったので、そういう本当に生徒を出来るようにさせることの出来ない人は教師ではないと思っている。肩書で先生になれるわけではないのだ。
私は出来ない限りイエスと言わない。出来ていなければほめない。それは出来るようになって欲しいからだ。出来なければ何とか試行錯誤し一生懸命教え続ける。でも最期出来るようになった時は本気に一緒になって喜ぶ。本当に嬉しいから自然な言葉として出る。『ほめる』とはちょっと違う。
生徒がわからないのは教師の責任だ。教え方が悪いから生徒はわからない。わかるように教えることを学ばねばならないのは教師側なのだ。そうするからこそ必死に模索し、あらゆる生徒に対応出来る教え方が編み出され、自分の教え方が確立していく。そしてまたわからない生徒に出逢えば再度頭をひねる。

 最近そんな私に挑んでくるある生徒が現れた。私があれほど『やらない』と言っている英会話を『話せるようになりたい』と熱望し訴え続けてくる。なかなか引き下がらない。そして私は屈し、この方のために今まで自分が避け続けていた英会話を教えるということについて、考えざるを得なくなった。
その方にはしばらく待って欲しいとお願いをした。

 英会話を教えるしんどいところは『ゆっくりわかるように話さなければならないこと』である。
私は日本語でも早口だし、英語でもバババーッと喋る。
ゆっくり話す行為とは、ご高齢の方々とお話しするのととてもよく似ていて、
相手のわかる表現や文法の範囲を瞬時に判断しつつ、その範疇内で、かつゆっくりめに聞き取れるように発音して喋らねばならず、制限されとても疲れるのである。これも私が英会話を教えない別の大きな要因だ。

 数ヶ月間悩み続けた。
いくら考えても、『お金をもらうとは目に見える確実な成果を上げること』=『英会話』というものが自分の中で結びつかなかった。
話すって何?どうやれば人を話すようにさせることが出来るの?いくら学んでも話せない人は話せないじゃない?どうしたらいいの?頭の中はハテナで一杯で完全に追いやられていた。

 私は幸運にも、偶然『発音・文法・話す能力』の3つを持ち合わせていた。
その中の『話す能力』とは人に教えれるものではないのだ。
私にとってそれは何かと聞かれれば、『頭の中の真っ白な状態から何の躊躇もせず瞬時に物事(言葉)を引き出していく力』である。
日本語でも同様である。今、私はあることを思いながらこれを書いているが、書いている間、次に書くことは言語化されておらず漠然と『思い』という形で心の中に存在している。
それを言葉に出す瞬間に、日本語という言語を通して外に出していくのだが、その瞬間は理屈などではなくほぼ無意識に瞬時に色んな判断をしている。英語も同じだ。考える前から喋っているというのがその表現にふさわしい。
私の場合はネイティヴではなく確かに第二言語なのだが、子供が言語を覚えるように、人から何故英語が話せるの?と言われても、自分ではわからないとしか言いようがない。考える前から口にどんどんついて出てきて、使っていないから忘れるということもない。いつも体の奥にある。

 自分が無意識に行っていることを一体どうやって人に教れるの?謎は大きくなるばかりで、数ヶ月間答の無いままモヤモヤの中を進んで行った。

 そしてついにこれだ!!と思えるやり方に到達した。
そして先日、ついにその方法でその生徒に実施したところ、大きな満足を得てもらうことが出来た。当然私もだ。
試行錯誤して良かった。これで私も英会話をお金をもらって行うことが出来る。
私自身もゆっくり話すことなく苦痛なく、表現はややわかるようにコントロールはしたが、1時間30分ほぼ英語のみで中身のある会話を行うことが出来た。日本語で友達と話すのと同様、筋書き無しで話はどんどん面白い方に進めていく。
正しい表現や文法は一応メモって渡したが、勉強ではないので覚える必要もなく忘れていいよ、と言って渡した。
『話すことそのもの』『どんどんと面白い方向に話を進めていくこと』に集中したとってもいい授業だった。

 これからの私は『英会話を教えて欲しい』と言われれば素直に応じるだろう。自信が出来た。
彼がいなければ私の何十年ものスタンスを変えることは無かっただろう(英語を教え始め実に35年である)。
まさに新しい境地で、35年も英語を教えてきて、今だ日々試行錯誤し変わり続けられることが嬉しい。

 その生徒さんが今日フェイスブックに、お願いもしていないのに、自ら私の紹介文を書いてくれた。涙が出た。

 この生徒さん、実に明るく、いつも2人で大笑いしながらの授業なのだが、ご本人はこの間私が何をどう悩んだか想像することもなく、ハッピーにのんきにいることと思う。でも会話の授業に光が見え喜んでくれていることと思う。

2017年9月8日金曜日

whenの後で間を空けない。startedのフラップT

前回はifで始まる文を言うときにifの後で間を空けないようにという話をしましたが、今回は同様のことがおこりがちなwhenについてです。例えば、
When I went out, it started to rain.
などを言うときのWhenのあともifの文と同様間を空けがちです。その方が言いやすい、whenの文を言っている気持ちになれるなど理由があると思いますが本当に言いたいことはその先にある場合がほとんどでwhenのあとに間を空けずに言えるようになると気持ちと英語が一致しやすくなります。

またstartedを言うときのtはアメリカ英語においてはフラップTを使うことが少なくありません。これに関しても解説しています。